2005年09月20日

京都から大津へ

西国旅行記第二弾!!


奈良を後にした私達は、夏休みの最後に、夫婦水入らずで京都に泊まったのです。
ただ、想定外の事実は、うちのダンナさんは京都があまり好きじゃなかったってこと。

そうだよね。奈良出身としては、京都に都もっていかれちゃったし、嫉妬したくなる気持ちもあるよねむかっ(怒り)

なんて慰めると、余計激怒されちゃったりして。。。
そんな彼の心を表してか、京都は夕方から土砂降りでなかなか思い通りの行動がとれず。
でも、いくつかオススメスポットを発見したよ。


まずは、世界文化遺産の下鴨神社
2005_0911nara0031.JPG
ここは、京都の中でも屈指のパワースポットだと聞いて、私も初めて行ってみた。
しかし!!!
わたしら、予定が狂っちゃって急いでいたのでタクシーで乗り付けたわけ。
そうしたら運転手さん、とっても気を遣ってくれて、神社の隣にベタ着きしてくれたのよ。
でも、神社訪問の大原則は、ちゃんと参道を歩いて鳥居をくぐること!
結局、横入りみたいな気分でわき道から本道へまっしぐらするしかなかった私達。
これは重大なマイナスポイントでした。

ちなみに、この神社は糺ノ森という平安京造営時から残っている森の中を突き抜けて行く参道です。
ここがパワースポットでもあるようです。
ちょうど川の中州にあるので、水と木のパワーが充満しているんでしょうな。


続いては、今回行ってみたかった場所のひとつである比叡山、延暦寺
2005_0911nara0036.JPG

車だったのでとても便利だったんだけど、有料道路が高い!!
しかも、延暦寺の参拝料もしっかり取られる。
儲けてんなぁ。さすが、僧兵なんて言われてヤクザまがいのことしていただけあるわ。
天台宗の総本山なだけあって、スケールが大きいし、そうそう下界には降りられなさそうな場所にあるから、修行には持って来いだと思う。
でも、荘厳ではなく、きな臭い雰囲気があるのはなぜ?
この感覚、靖国神社にも似てるわ。ま、偏見ってのもあるけど。


そしてそして、クライマックスは滋賀に行っちゃったよ。
私達が一番楽しみにしていた、大津にある園城寺(三井寺)
2005_0911nara0037.JPG

こちらも天台宗の総本山。
延暦寺の円仁さんと、三井寺を興した円珍さんはどちらも最澄のお弟子さんだったのだけど、
仲が悪くて、それぞれ山門と寺門に袖を分かつことになってしまったそうです。
実際見比べると、建物の雰囲気も全く違う、ような気がする・・・
例えば、延暦寺が金閣寺で三井寺が銀閣寺みたいな感じかなぁ。ちょっと違うけど。

でも、三井寺はかなり怪しい。
メンテナンスの怠り方が半端じゃない。
苔だらけの石段、古くて全く字が読めなくなった看板。
そして、本堂以外に開放しているお堂の中は明かりもつけず真っ暗。
夕方訪れたら、ちょっとした肝試しができるでしょう。

でも、見どころはたくさんあるのです。
そもそもこの寺は、壬申の乱に敗れた大友皇子の怨霊を鎮めるためのお寺なのです。
天智天皇が産湯につかったという霊泉があったり、
現存する日本最古の庭園があったり、天智天皇が自分の指を切ってそれを埋めた場所なんていう涙ものの(あ、私のね)スポットがあります。
伝説では、弁慶の引き摺り鐘や暴れる龍の絵なんてのもあります。
それなのに、無造作です。
超テキトーです。
ただ、そこがたまらなく良いのです。。。

なんとなくオカルトっぽい臭いがする三井寺。
憑物落としの彼が傍らにいてくれたら、最高かもね。






posted by 毬藻 at 14:44| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 神社・寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

悠久の地 飛鳥へ

奈良・・・。

地味な街。
京都のついでに行く街。
色でたとえるなら、茶色。(鹿のフンとかカビた建物)

そんなオナラに並々ならぬ関心を寄せるようになったのは、ダンナの実家だという理由が大きいが、私が神社に興味を持つようになり、最終的にたどり着いた地点でもある。

中学校の修学旅行で初めて訪れて、大人になってから2回目の上陸となる。


今回は、飛鳥時代の政治の舞台であり、万葉の里でもある明日香村に行ってみました。

平城京跡のある奈良市内から車で南に下ること約1.5時間。
途中、大和三山(香具山、畝傍山、耳成山)が現れると、万葉の香りがプンプン。
そんな逸る心とはウラハラに、交通の要である明日香駅をあやうく見逃しそうに・・・。

っつーか、ただの田んぼじゃん!!
うちの田舎の景色とかわらないじゃん!!

思わず「兄ちゃん、いてこますぞ」なんて偽関西弁を吐きたくなるような、
ごくごくフツーの田園風景にちょっぴり不安になった。

気を取り直して、まずは高松塚古墳
2005_0911nara0014.JPG
なにやら古墳の上は工事中。
隣接する完コピ壁画を展示する資料館で、ボランティアのおじさんがおっしゃることには、
昭和47年の発見以来、保存上いっさい公開されることのなかった国宝の壁画は、
なっ、なんと、最近、除去困難なカビが発見されたそうだ。
一度も一般人の目に触れられることなく。
それで、室内温度を下げるための工事をしているんだとか。

ただ、この古墳、どなたのお墓か未だ不明なため、さまざまな憶測が飛び交っているそうです。
地理的に、真南にはキトラ古墳、真北には藤原京、平城京、さらに北には平安京、近江京も位置している。
これを「聖なるライン」と呼ぶらしいのだが、風水的に凄いパワーを持った地だと言われていて、もしかすると天皇さんのお墓かもしれないんだって。


続いて、蘇我馬子が造ったといわれる日本最古の仏寺、飛鳥寺です。
2005_0911nara0016.JPG
飛鳥大仏が御座います。
遠くには甘樫丘も臨めます。

が、しかし。
ここで、仰天エピソード発見!

住職謹記という看板が寺の隅に掲げてあったの。
概略は以下。

この場所から見える景色は新羅、百済の古都と酷似した風景である。
日本文化の古里である古都飛鳥のこの風景には、新羅、百済の人々の望郷の念は禁じえない。


なんてことでしょう!!
日本人のルーツは朝鮮人だということを、さりげなくカミングアウトしちゃってます。
恐るべし、飛鳥。

さらに、この寺の脇には、大化の改新で刎ねられた蘇我入鹿の首塚がある。
2005_0911nara0019.JPG
飛鳥寺から100Mくらい離れた地に大化の改新の舞台と伝えられる飛鳥板葺宮があるのだが、
そこから、自分のおじいちゃん(馬子)が建てた寺めがけてクビが飛んできたんですって。

これ、田んぼの中に埋もれるように置かれています。


続いて、石舞台古墳
2005_0911nara0021.JPG
これは蘇我馬子の墓だと言われているそうです。
上部が平らになっていることから、狐が舞を見せたとか旅芸人が舞台がないので仕方なく演じたなどのエピソードから、後になって石舞台と名づけられたそうな。
われわれも、この中にもぐることができます。


私が訪れた主なところはこれくらいだけど、
そのほか、鬼がそこで用を足したり料理をしたと言い伝えられる、鬼の雪隠、俎(まないた)や、亀石など不思議な岩がその辺にごろごろあります。


<感想>
明日香のあらゆる史跡は、無造作にあります。
古墳もごろごろあります。
発掘が面倒くさくて、掘り起こしていない場所も多々ありそうです。
そして、史跡たちはそこに住む人々と共存しています。
イメージとしては、田んぼのまん中に伝説の岩が鎮座しています。
もしかすると、そこの地主は、
「あの、でかい岩さえなければあと100kgは余計に収穫できるのに・・・」
なんて毒づいているかもしれません。
そして、前述の板葺宮などの○○跡というのも、ほんとに跡地です。
なんの装飾もほどこしていません。ただの溝です。

そう考えると、飛鳥時代は古すぎて資料もないので、伝説と真実がごちゃまぜになっているために、再現が困難なのでしょう。
だから、地味なイメージがあるのかしらね。
でも、とても心惹かれる地であったことは確かです。

私が次に訪れるとき挑戦したいのが、万葉集を片手に歩くこと。
のどかな風景で、読み人の気分を味わうのが楽しそうです。
実際、万葉関係の施設がいたるところにあったしね。














posted by 毬藻 at 20:04| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 神社・寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月01日

教えて!深大寺!!

予定通り、昨日は深大寺までお散歩に行く。
そば!そば!深大寺そば!!
と、参道が賑わっていてびっくり。
食べたけど、普通に美味しかった。
そもそも、本当に美味しいそばってどんなもの?
トッピングの妙で美味しいと感じることはあっても、
そば単体で美味しいか不味いかはよくわからないなぁ。

深大寺ってのは、そもそも奈良時代に
ある長者の娘が得体の知らない男性と恋仲になり、
それに怒った長者が娘を小島に隠した。
そこでその恋仲の男性が「深沙大王」という神様にお願いして、
娘のところまで導いてもらった。
その男性が後に出家し、上人となってその神様の名前をとって「深大寺」を建立した。
そのため、この寺は縁結びのご利益があるといわれている。


というのが、定説らしい。
でも、それはどうかな?
私はここの地は、もっと怪しい曰くつきの土地なのではないかと思っている。

深大寺のとなりには、神代植物公園というのがある。
漢字違いの「じんだい」だ。
こちらは、明治時代の近隣地区の統合の際に、神代村と名づけられたことによるそうだ。

でも、たかが調布のはずれの村に神代なんて名前付けていいのかなぁ。
言葉に魂が宿っていると思っているわたしたちニッポンジンにとって、
名前はとても重要。
「名前負け」なんて言葉もあるように、名前は忌み嫌われる言葉も遣いたがらないけど、
格が高すぎても良しとされない。
でも、どうして敢えて神代村にしたのかなぁ。
だったら、深大村でも良かったと思うんだけど。

私の知人の気功マニアは、神代植物園は変な気が流れていると言っていた。
残念ながら、私達は一人500円払って植物園に入るほど都会人ではなかったので、
パスしてしまったのだが、どうなんだろう?

私の予想では、あの植物園の下には誰かの怨念が眠っているんじゃないかと思うのよね。
神になるはずの人、例えば天皇になり損ねた皇子とか・・・
あ、でも、昔の武蔵野の地にそんな系統の人はいないか。
それとも神になりたがった将軍、平将門が最期を遂げたところとか。

あーん。気になる!!
でも、そんなことを想像しながら歩くのも、これまた楽しいのよね。

posted by 毬藻 at 19:58| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 神社・寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月18日

いざ!箱根!! 〜華麗なる休日?その2〜

弥次喜多の興奮も冷めやらぬ中、翌日は快晴の箱根へ。
以前、ここでも騒がせていただきましたが、
大好きな箱根神社へ、やっとこさ行くことができた!!

道も快調だったため、箱根神社へは午前中のうちに到着。
鳥居をくぐった瞬間、ひやっ。
そうそう。この急にヒンヤリする空気がゾクゾクするんだよね。
樹齢数千年の杉並木を歩くと、マイナスイオンが穴という穴に入り込んでる気がするのよね。
スギ花粉?そんなものは俗世に置いてまいりました。

あ、箱根神社にお参りするときは、専用駐車場に止めるなかれ。
ちょっと手前の駐車場に入れて、ちゃんと鳥居をくぐるのがポイント。

神様にご挨拶した後は、いつものようにおみくじを引く。
やったね!!大吉!!!
わたし、ここのおみくじの言葉が大好きで、いつもウルっときてしまう。

『冬かれて 休みしときに 深山木は 花咲く春の 待たれけるかな』

ああ。やっぱりここに来てよかったぁ。

続いてやっぱりいつもの、絵馬を書く。
いつも願い事というより、決意になっちゃうんだよね。

気分がすっきりしたところで、富士屋ホテルでレトロ気分でランチといきますか!
と、行ってみたはいいものの、高っ!!
最低5000円はするのね。。。
また別の機会に、お茶をしにきます。。。

結局、箱根滞在時間は僅かだったのですが、
その間、名峰富士山を何度も観ることができたし、
長瀬くん似の彼に、「弥次さん、絶景かな絶景かなぁ〜」と何度も呼びかけながら、
箱根街道を走ってもらったり。散りかけの桜も見ることができたし。
この季節もいいな。また来年も来るからね!

余談だけど、宮崎の青島神社というところは、
鳥居をくぐると、むわっと温かくなります。
そこだけ熱帯雨林みたいなのです。
神社ってホント不思議。






posted by 毬藻 at 23:50| 東京 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | 神社・寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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