2005年08月31日

私の夏

もう、すっかり秋の風ですねぇ。
みなさんいかがお過ごしですか?

甘皮日和の夏はあっという間に終わってしまったようです。
やっぱり、所詮甘皮程度のブログなのです。

毬藻の夏は、例のごとく、海も花火もバーベキューも夏らしいことは何一つせず過ぎ去りました。
そもそも、私が波に乗ったり、白砂の上を駆けずり回ったり、河原で肉焼いたりしている姿は、想像しただけで・・・、なんか違和感・・・。
もうとにかく夏は苦手なのだわ。

そして、主婦の夏は思いのほか暑い!!!

家でごろごろしている分際で、一日中エアコンをつけているのは気がひけるわけで、
今年、扇風機を買ってみた。
日中、どんなに暑くても扇風機オンリーの生活。
汗だくになろうと、首筋にあせもができようと気にしない。
一番太陽が高い時間にちょっとその辺まででかけている途中、セミが顔に直撃したり。

でも、これが思いのほか慣れてしまったらしく、たまに電車に乗るとエアコンがきつくて頭がガンガンするようになってしもた。
一日中エアコンの下で過ごすってことはなんて体に悪いのでしょう。
そりゃ、女子は冷え性になるよ。
毛布を体に巻きつけてアピールしたくなるわよ。


そんな私。今年は3週間近く女子大生をしてみた。
通信大学のスクーリングがあったのだ。
バス停にもコンビニにも図書館にもキャンパスは年増、年増、年増の群れ。
食堂から聞こえてくる笑い声は、綾小路きみまろの観客の笑い声と一緒。
どんなに若い格好をしていても、後姿が真性の女子大生とは何か違う。

でも、そんな特殊なキャンパスライフがとても刺激的なんだよね。
みんな主婦したり仕事したり子供育てながら、うまく時間を作ってお勉強してるんだわ。
驚かされたのが、去年のスクーリングで、
「何の目的があって通信で勉強しているのか?」
というアンケートをとったのだけど、
もちろん、私のように将来何かしら収入の足しにしようと、算盤弾いている輩もたくさんいるのだが、「ただただ勉強をしたいから」という人が圧倒的に多かったという事実。
子育てがひと段落して、ちょっと大学でも行くかっ!という人が多いらしい。
人間ってすばらしい生き物だと思った瞬間だったわ。


私も、いくつになっても知らないことを貪欲に知りたい、学びたいと思える人でいたいな。


もうすぐ秋。
夏バテしてた甘皮日和も復活させようっと。

posted by 毬藻 at 16:26| 東京 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

ワレ思フ。故ニ、ワレ在リ。

今日の私は朝から束縛されている。
というか、軟禁されている。

去年から見てみぬ振りをしてきたけど、
いい加減レポート出さなくちゃ、人間論の。
これをやり遂げなければ卒業できんわ。

そんでもって、意を決して先週からテキストとにらめっこをしているものの、
まったくもって意味不明。
デカルト?カント?ヘーゲル?
屁理屈男の集まりでしょ?
いや、私、理屈っぽい人嫌いじゃないけど、
人の屁理屈をまとめる作業はうんざりなんっすけど。

テキストが泣けてくるほど頭に入らないので、
「ソフィーの世界」を読んでみた。
次に、岩波ジュニア新書の「ヨーロッパ思想入門」を読んでみた。
荒療治で、ダンナが持っていたデカルトの原書訳本を読んで見た。
二文字で挫折した。

うーーー、でも、何かまとまらない。
岩波ジュニアとかソフィーの世界って誰向けの本ですか?
中学生か?小学生か?
もういいよ。そうだよ。わたしゃ、それ以下だよ。
学生時代に確か哲学の単位をとったはずなんだけど、
どうやって、どんなズルをして取得したかも記憶にないわよ。

今日はレポートをとにかく書くと決めて、一日中机に向かってはいるものの、
途中、無性におなかが空いてきたり、みんなのブログが気になったり、
ちょっとシエスタしてみたり、女子バレーを応援してみたり。
でも、何をしても頭の中には啓蒙主義。
夢にまで出てくるよ、デカルトの肖像画。
心も体もガンジガラメ。

ま、いいか。
今日の夜、考えを熟成させて、明日全てを出し切ろう。
なんのこっちゃ。

ガンバレ、ニッポン!!




posted by 毬藻 at 20:49| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

占いと宗教とカウンセリングと・・・

雅楽子さんのブログを見て、占いについて考えた。

私もどちらかというと、占いは大好きだ。
神社のおみくじなんかの類もやらずには気がすまなかったりする。


以前、カウンセラーの先生が、人が心が病気になったとき、
占い屋、カウンセリングルーム、宗教法人のうちどこに駆け込むか?という話をしていたが、

占い屋  60%
カウンセリング 30%
宗教屋  10%

ざっとこれくらいの割合になるそうだ。
カウンセラーはダントツで占い屋さんに負けてしまうと。

曲がりなりにもカウンセラーを目指している私としても、
雅楽子の、占いで心が晴れたというコメントには考えさせられるものがある。

占いと宗教とカウンセリングは、要は紙一重なのだ。
ゴールは一緒だもの。何を原因とするかの違いだけだもの。


例えば、A子さんというOLが、
「毎朝起きるのが億劫で、会社に行くのが面倒。かといって、プライベートな時間も何だかかかったるくて、日々の生活が充実していない」
こんな思いを抱えながら悶々としているとしよう。

そんなとき、占いだったら、

あなたは今年は星の廻りが悪いので、ひたすら耐えていれば、来年は運気が開けてきますよ。うん。来年は周りの人からの援助もあるみたい。
もしくは、

今の仕事はあなたには向いていないとカードが言っているわ。本当のあなたはもっとクリエイティブな才能があるのよ。そのチャンスを逃さないで!!

まあ、こんなような答えに受け手が喜びそうな言葉で彩られたフィードバックがあるのでしょうか。

次に、宗教の場合、

今、あなたのご先祖が悲鳴をあげています。
われらが教祖が、ご先祖の霊を慰めてあげましょう。
あなたもひたすら信心するのです。


とか、

この不思議なパワーストーンを身につければ、肩こりも倦怠感もなくなって元気になりますよ!!

他にもっと斬新なアプローチがあるやもしれぬが、まあこんな感じかな?

とにかく、その時のA子さんのスランプの原因として、占いの場合は生年月日をもとに弾き出された星や運勢だったり、そのときに彼女が選んだカードやトランプだったりするわけです。

そして、宗教の場合は、先祖の供養が足りないだとか、そもそもA子さんがその宗教を信じていなかったからスランプに陥った、というようなロジックで話を持っていきます。

では、カウンセリングの場合はというと、
原因を自分で探す努力をさせます。カウンセラーはそれを探すお手伝いをする。
A子さんは、いつからそうなったのか?
どうして会社に行くのが億劫なのか?(会社に行くとなにか嫌なことがあるのか?)
ちょっとでも楽しいと思えるときは何をしているときか?
とにかく、原因を知るために掘り下げていくのです。

そうすると、A子さんは、実は上司に言われた何気ない一言で深く傷ついていた、とか、能力や自信がないとあきらめてしまっているやりたい仕事が別にあった、とか、親に早く結婚しろとせっつかれてプレッシャーに押しつぶされそうだ、などの原因を突き止めることができるかもしれない。
そして、その原因で悩んでいる弱い自分をアカの他人(カウンセラー)と共有し、許し、かわいがってあげるのです。


カウンセリングの話が長くなってしまったけど、
占いや宗教は、自分以外の他の何かを原因にすることになるので、
聞いていて、とても気持ちがいい。
もちろん、宗教や占いがきっかけで救われている人もたくさん知っているし、それが間違いだと言うつもりもない。

ただ、自分を知るということは、
知らない(もしくは、知った気になる)状況よりも人を強くさせるらしい。
目を瞑ったまま回避する恐怖よりも、目を開けてどの程度の恐怖か知っているほうが確実に回避できる。
もちろん、目を開けていると、とんでもない化け物を目の当たりにすることになるかもしれないから、めちゃめちゃ怖い。
自分を知ることも本当に怖くて、私もカウンセリングの学校では、ゲロを吐きそうになるほど泣かされた経験がある。


私は、自分がいつかやりたいこともあり、カウンセリング推奨派なのだけど、
まだまだ日本に根付かない理由もいろいろあると思うわ。
薬事行為ができないので、一緒に薬を処方できないってのもあるし、
日本は目に見えないサービスにお金を払うことを嫌うってのもあるし、
お金と時間ばかりかかるってのもあるし。
信用できない人がやってるってのもあるし・・・。


でも、最近人気のある占い師たちって、細木数子しかり、銀座の母しかり、
実はみんな同じことを言っているのよね。
衣食住を大切にすることと、先祖供養。
男は仕事をし家庭を守る。女は家でご飯をつくり子供を育てる。
これって、人としてわりと当たり前のことだよね。
こういう人達が人気があるのって、みんな年寄りに怒られたがってるのかな?
やっぱり、病んでるの???





posted by 毬藻 at 16:09| 東京 🌁| Comment(7) | TrackBack(0) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月29日

あんたが主役〜人物相関図作成のススメ〜

以前、カウンセリングの学校で、今の自分を主人公にした人物相関図を描く、
という実習をやったことがある。

やり方は簡単。

白い紙にペンやクレヨンで自分を現す図形を書く。
似顔絵でも良いし、○や□でも何でも良い。
そして自分にまつわる関係者を同じようにどんどん周りに描いてゆく。
ほら、ドラマの人物相関図みたいに、密に関わっている人は大きく、
そうでもない端役の人は、小さく。
そうしてそれらの登場人物との関係を矢印で繋いでゆく。
矢印は、自分がとても影響を受けた(与えた)かどうかの関係によって、
太かったり細かったり、一方通行だったりする。

学校では、それらをグループ内で披露し、他のメンバーから
「あなたはお母さんととても強い絆で結ばれているのですねぇ」
「あら?お父さんはずいぶん小さく描かれていて、あまり影響を受けなかったのですねぇ」
などの余計なお世話的フィードバックをいただくのだ。

だから何?って話かもしれませんが、これも自分探求のひとつ。
意外と新たな発見があり面白いのだ。

私の場合、父を一番美しくない色(グレー)で小さく描いてしまった自分や、
ぎょっとするほど少ない友達の人数、
はたまた、人生の数年しか関わらなかった人物の登場など、
自分の人生を振り返って、影響を受けたり与えたりした人を改めて考えることができたからだ。

もちろん自分で作ったものを、ニヤニヤしながら眺めるのも面白いが、
他人のを見るのもまた楽しい。
そんな中で、とても印象に残る相関図を見た。

その女性(おばさんとも言う)は、ダンナさんを自分よりも大きく真っ赤な○で表現しているのがとても目立っていた。

私は、思わず、
「へぇ!たいていの人は自分の記号が一番大きく描いているのに、自分よりもご主人のほうが大きいなんて、とっても仲良しなんですねハートたち(複数ハート)

するとその方、
「そうなの。ダンナさんのことは全ての面で尊敬しているから、私の人生では一番大きいのぴかぴか(新しい)

う、、、うらやましい、、、、、。
なんて素敵な愛の形なんでしょう!!

もちろん、若い女子だったら、そんなとろけるような相関図を描く人も大勢いるでしょうよ。
それが、子供はもう高校生だから、軽く15年以上の夫婦生活を送っていらっしゃる婦女だ。
にも関わらず、子供よりも自分よりもダンナさんが一番なのだ。
そして、それを全く恥ずかしげもなく公衆の面前で発表してるし。
なんてこったい。

私も、自分のダンナさんをいつまでも尊敬できる人になりたいと思った瞬間でした。

あ、まてよ。
私だけがそうなりたいと願ってもダメね。
いつまでも尊敬できるようなダンナさまでいてくれますようにと、切に願うことにしましょう。

posted by 毬藻 at 17:26| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月26日

体に忠実に生きる

今年は「鍛えること」を目標のひとつとして掲げているのですが、
中でも今のところは「気功」に興味深深。
昨日は、私に気功を薦めてくれた、今の会社で数少ない気の合う人と食事をした。

彼曰く、女性は体に忠実に生きるほうが幸せになれる、とのこと。
そうそう。私も同じようなことを考えていたのよね。
女性は大切な子宮を持っているので、男性に比べ、体の変化により敏感であると思う。
例えば、おなかが痛い時、原因をいろいろと考えて納得しなければ気がすまかったり、
風邪をひいたら、どうすれば一番楽になるかを積極的に考えたりと、
女性は常に、本能的に自分の体を守るための防衛機能が働いている気がする。
男の人は、そういう部分で受身じゃないかしら?
どうしてそういう症状になったかなんて考えない。
そして、たいしたことなくても「しんどい、しんどい」と、
明日死ぬかもしれないような弱気な態度で臥せていたりする。
男って、本当に弱い生き物だ。

ま、それは良いとして、最初の彼の話に戻ると体からのメッセージを無視して
男と同じように頭で考えて生きてしまうと、もちろん体に異常をきたす。
左脳だけ肥大させて、体はすっかり衰弱している。
彼は、そういう生き方の女性は見ていて痛々しいと言う。
だから、私にはそういう人たちの影響を受けず忠実に生きたほうが良い。
そして、カウンセラーになるならば、
私は引き摺られやすいので、もっと心を鍛えるように。
体と心はつながっていることを常に意識するように、ということ。
ふむふむ。わかったようなわからなかったような。。。

そのために、心も体も鍛えることができる気功や瞑想を薦めてくれているという訳である。
ヨガも良いけど、ヨガを極めた人たちは見た目が老けている人が多いからお勧めしないんだってさ。
とりあえず、もらった本でも読んでみよう。

そんな彼の彼女は、鍼灸師を目指しているんだって。
健康カップル万歳!!





posted by 毬藻 at 20:13| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月31日

ラストスパート

ここ1、2ヶ月くらい、お勉強してます。
と言っても、2/10に大学の履修期間が修了してしまうため、
必死でWeb試験をこなしているのであります。。。
この一年間、さぼり続けたことによる罰ゲームです。

小説を読むのはオアズケして、電車の中ではテキストを読み、
テレビを我慢してWebでエクササイズを受け、
そのうちお箸を持つのも我慢して、鉛筆に変わってしまうかもしれない勢いです。

それにしても、独学の勉強というのはつくづく自分との戦いなんだと実感した一年でした。
去年までの2年間は、NPOのカウンセリングスクールに週一で通っていたのですが、
正直、週一で通うことでさえとても大変で、金曜の夜(学校の日)の誘惑を血の滲む思いで振り切って学校に行く日々を、今となっては「通う」という行為が、なんと受身だったことかと思えてならないわけです。。。

私が通いのスクールを休学してまでも通信の大学を選んだ理由として、
心理学をもっと体系的に学びたかったということと、産業カウンセラーの受験資格がほしかったこと、プラス、大卒の資格がほしかったという3点です。
カウンセラーになるためには心理系の大学を卒業していることが大前提で、
短卒というのがいろいろなところでネックになるため、全部まとめて解決するために、武蔵野大学の通信に籍を置くことは、非常に魅力的な選択肢であったといえます。
4月から夏頃までは、図書館に資料を探しに行ったりしてまあまあ頑張ってたかなぁ。
ところが、夏に引越しをして結婚するってことになって、新生活のことで頭がいっぱいになってからは、
学生生活はとんとご無沙汰になってしまったわけです。。。
OLと妻と学生の両立なんて辛すぎる、、、なんて悲劇のヒロインぶったり、
心の勉強は、自分が満たされていないと前向きに学べないとかなんとか、
まあいろいろ自分に言い訳をしながらさぼりまくってしまいました。

とにかく、独学ってのはお風呂に入るみたいに自分の生活の一部に侵食しないと、
全く身につかないものですなぁ。そうするためには並々ならぬ意志がなければ・・・。

うーーーん。4月からの課題ですなぁ。
posted by 毬藻 at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月25日

共依存する関係

最近話題になってるの?共依存する関係って。
共依存というと、まずアダルトチルドレンやDVやらを想像するもんですが、
今回は、もう少し軽めのお話。

共依存とは、「他者に依存する・されることで、自分の存在意義を見い出すこと」っていう意味ですが、そういうのって誰しも持っているものなのですよ。

例えば、不甲斐ないダンナと働きバチのような妻
「私がいなければあの人は路頭に迷ってしまうから、あの人には私しかいないのよ、、、」

もしくは、優秀なダンナと世間知らずの妻
「あいつはバカだから、働きたいって言ったってどこにも金くれるところなんてねえんだよ。
俺の稼ぎで喰っときゃいいんだ。」

要するに、「私が(僕が)いなくちゃだめなんだ」と思った時点で共依存なわけです。
その時点で、相手の可能性やパワーを一つ消失させてしまうということです。
前者の例は、ダンナの食い扶持まで女房が稼いできてくれるために、知らず知らずのうちに、
稼げるダンナという可能性の芽を潰すことになっているかもしれないし、
後者も、奥さんの可能性や働く意欲を潰してしまっていることになるかもしれません。
つまり、自分にとって都合の良い型に嵌めることによって、
自分の存在を揺ぎ無いものにしているのです。
だから、相手にとっても自分にとっても、それが最適の策だったのか?というと、
決してそうではなく、ただ共依存関係を強化していくだけにすぎなかったりするのです。

私の友達も、自虐の詩の幸江を地で行くような女がいます。。。
彼女の彼はドラッグを止められなかったり、病をいくつもかかえていたり、お金がなかったりと、誰に話しても「早く別れなよ〜」と言われる状況なのですが、
彼女は「彼には私しかいないの、、、」と目の周りにクマを作りながら悲しく笑います。
私は彼女が、そういうことを人に言いふらしているうちは安心だと思っています。
おそらく、彼女は自分がそういう彼と付き合うことによって、
自分の何かを消耗してしまっていることを自覚しているということだから。
それに気づかない、もしくは誰にも言えなくなった時が本当の戦いなのでしょう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050124-00000008-flix-ent

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2005年01月19日

テンパリ中

私は昨年の4月から、某大学通信教育部に3年次編入して、心理の勉強をしています。
来月で1年目が修了するのですが、2年で卒業が絶望的な状況になってしまいました。。。
今までさぼりまくったからな。
でも、ここは落ち着いて、まだ今でも単位がとれる科目をこなそう!ということになり、
もっか学生気分を大いに満喫中。
電車の中でも、会社の昼休みも(たまにお仕事中も)、自宅に戻ってからも、
面白くないテキストを読みふけっておるわけです。
あー、つまんない。。。

でもなー、スクーリングのとき、働いててダンナと子供いて、そんで勉強してる人たちが
うじゃうじゃいたからなぁ。
それに、私だって、カウンセラーになりたくて勉強しているんだし!
弱音を吐いてる場合じゃないもんね。

でも、ホント通信大学って孤独との戦いです。
戦意喪失するとずるずると誘惑に負けてしまうのよね。

posted by 毬藻 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンセリング/学校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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